身体表現性障害
1.はじめに
 
 身体表現性障害。聞き慣れない名前ではないでしょうか?そう、この言葉ができたのは1980年(昭和55年)約20年前のことなのです。これはアメリカ精神医学会の発表した「精神科診断統計マニュアル(DSM)」という本の第3版に初めてとり上げられた言葉で、おおざっぱに言えば、「内科、外科などで検査しても身体の異常(病気)がないか、ごく軽いにもかかわらず、身体の調子の悪さが持続するもの」ということができます。詳しいメカニズムは十分解明されていませんが、ストレスや不安、葛藤などの心理的なものが関与していると考えられています。昔から神経症と呼ばれるものの一つです。以前より、「心気症」といわれているものがありますが、その範囲が少し広くなったものと考えてください。
 
2.いろいろなタイプ
 
 さて、身体表現性障害にはいくつかのタイプがあります。これは上にあげたDSMの他に世界保険機構(WHO)の国際疾病分類(ICD)など診断基準によって多少の違いはありますが、その中で主なものには次のものがあります。
 
a)心気症(心気障害)
 
 身体に実際には異常がないにもかかわらず、長期間にわたって重い病気(ガンやエイズなど)でないかと心配し、 不安が続く状態をいいます。患者さんは自分でも完全に病気と信じ切っているわけではありませんが、その考えを払いのけることができません。
 
b)身体化障害
 
 30才以前に始まり、いくら検査をしても異常がないのに数年にわたって身体のいくつもの部分からさまざまな、容易に変わる痛みや吐き気などの消化器症状、生理の異常などの体の不調が続きます。人間関係がうまくいかないことが発症に結びつく傾向があります。
 
c)転換性障害
 
 運動の障害(立てない、歩けない、声が出ない)や感覚の障害(視力障害、難聴)による症状があるが、身体に原因がなく、ストレスや葛藤など心理的な原因があると思われるものです。時にけいれんが起きることもありますが、「てんかん」という病気とは別のものです。
 
d)疼痛障害
 
 特定の箇所のかなり強い痛みが長い期間持続しますが、身体に異常な所見はなく、ストレスなどの心理的な要素が痛みに関係していると思われるものです。鎮痛剤は有効でなく、事故や体の病気が引き金になることが多くみられます。
 
e)その他
 
この他に自分の顔や身体が醜い、みっともないと思いこみ、 外出できなくなるなどの問題が起きる醜形恐怖や心臓や胃、腸など自律神経が関係しているところの持続的な不調を訴える身体表現性自律神経機能不全などのタイプがあります。
 
3.治療
 
 身体表現性障害は従来神経症と呼ばれたものの範囲に入ります。患者さんの性格や暴露されているストレスの大きさなどによって治療にかかる時間はかなり異なりますが、かなりの長期間を要することも珍しくありません。
 精神科、心療内科などでは抗不安薬(症状によっては抗うつ薬、抗精神病薬も用いる)などの薬物によって症状を軽減した上で精神療法を行うことが一般的です。
 
4.類似した症状が出る病気
 
 身体表現性障害に見られるような症状は、うつ病や精神分裂病などの病気でもみられることがあります。もちろん、それぞれの病気の特徴的な症状も同時に出ていまが、たとえばうつ病の場合、自分が重い病気ではないかという考えが妄想になり、周りの人が何といっても固く信じ込んでしまうようになることがあります(これを心気妄想と言います)。また、分裂病の場合では、「背骨がねじれる」などの奇怪な体の変調を訴えることがあります。このような場合は、それぞれの病気の治療が必要となります。

ガイドブック目次に戻る